「こんなはずじゃなかった…」
企業と人の出会いの場で、そんな悲しいミスマッチが後を絶ちません。
なぜ、ミスマッチは起きてしまうのでしょうか。
人材紹介の現場に20年以上身を置いてきた私、石井雅彦が見てきたのは、多くの場合「言葉にしきれない想い」と「伝えきれない背景」がすれ違ってしまう現実でした。
この「見えない壁」を乗り越えるために不可欠なのが、相手の心に深く分け入り、本音を丁寧にすくい上げる「聞き出す力」です。
これは単なるテクニックではなく、人と真摯に向き合うヒューマンスキルそのものと言えるでしょう。
本記事では、この「聞き出す力」を核心に据え、人材紹介の現場で本当に求められるヒューマンスキルとは何かを、私の経験も交えながら掘り下げていきます。
目次
人材紹介における「ミスマッチ」の構造
人材紹介の現場で「ミスマッチ」という言葉を聞かない日はありません。
では、このミスマッチは一体どのような構造で生まれてしまうのでしょうか。
求職者側の“言語化されない本音”
多くの場合、求職者の方はご自身の希望やキャリアプランを明確に言葉にできているわけではありません。
「給与はこれくらい欲しい」
「こんな業界で働きたい」
こうした表面的な言葉の奥には、実はもっと複雑で、ご本人も気づいていないような「本音」が隠れていることがあります。
例えば、
- 新しい環境でどんな役割を果たしたいのか
- どんな人たちと一緒に働きたいのか
- 仕事を通じて何を実現したいのか
こうした深層心理にある願いは、なかなか整理して言葉にするのが難しいものです。
ここに気づけないと、条件は合っていても「何か違う」という感覚が残ってしまうのです。
企業側の“ポジションの背景”の曖昧さ
一方で、企業側にもミスマッチを生む要因が潜んでいます。
それは、募集しているポジションの「背景」や「真の目的」が曖昧なケースです。
「欠員が出たから、同じようなスキルセットの人を」
「新しいプロジェクトのために、即戦力が必要だ」
もちろん、これらも重要な募集理由です。
しかし、そのポジションに本当に期待されている役割、チーム内での立ち位置、将来的にどんな成長を期待しているのかといった、より深い部分が明確に共有されていないことがあります。
時には、経営層と現場担当者の間で、求める人物像に対する認識が微妙にズレていることも少なくありません。
両者の間に潜む「解釈のズレ」
そして、最も厄介なのが、求職者と企業の間に横たわる「解釈のズレ」です。
例えば、企業が求める「コミュニケーション能力が高い人」という言葉。
これを企業側は「自分の意見を論理的に説明し、周囲を巻き込める能力」と捉えていても、求職者側は「誰とでも気さくに話せる親しみやすさ」と解釈しているかもしれません。
このような言葉の定義のズレは、入社後に「期待していた役割と違う」「こんなはずではなかった」というミスマッチを引き起こす大きな原因となります。
【ポイント】
ミスマッチは、求職者の「言語化されない本音」、企業の「曖昧なポジション背景」、そして両者の「解釈のズレ」という、三つの要素が複雑に絡み合って発生するのです。
「聞き出す力」が生まれる現場の対話術
ミスマッチの構造が見えてくると、それを防ぐために「聞き出す力」がいかに重要か、お分かりいただけるかと思います。
では、具体的にどのような対話術が求められるのでしょうか。
表面の言葉に惑わされない質問力
相手の言葉をただ聞くだけでは、本音にはたどり着けません。
大切なのは、その言葉の裏にある意図や感情を丁寧に探っていく「質問力」です。
例えば、求職者が「風通しの良い職場で働きたい」と言ったとしましょう。
ここで「そうですか、風通しの良い職場ですね」と終わらせてしまっては、何も深掘りできません。
- 「〇〇さんにとって、『風通しが良い』とは具体的にどのような状態ですか?」
- 「以前の職場で、風通しが悪いと感じた具体的なエピソードはありますか?」
- 「もし風通しの良い職場で働けたら、どんな気持ちで仕事に取り組めそうですか?」
このように、オープンクエスチョン(自由に答えられる質問)とクローズドクエスチョン(「はい/いいえ」や選択肢で答えられる質問)を巧みに使い分けながら、相手が自分の考えを整理し、言葉にできるようサポートしていくのです。
“間”と“沈黙”を恐れないヒアリング
会話が途切れると、つい何か話さなければと焦ってしまうことはありませんか。
しかし、ヒアリングの場において「間」や「沈黙」は、実は非常に重要な意味を持ちます。
相手が言葉に詰まったり、考え込んだりしている時、それは頭の中で必死に自分の感情や思考を整理しようとしているサインかもしれません。
ここで急かしたり、別の話題を振ったりしてしまうと、せっかく出かかっていた本音が引っ込んでしまうことがあります。
じっと待つ。
相手が自分のペースで言葉を見つけ出すのを、辛抱強く待つ。
この「待つ力」こそが、相手の心の奥底にある想いを引き出す鍵となるのです。
沈黙は、気まずいものではなく、むしろ「考える時間」という貴重な機会だと捉えましょう。
本音を引き出すための信頼構築のステップ
どれだけ巧みな質問をしても、相手との間に信頼関係がなければ、本音を語ってもらうことは難しいでしょう。
では、どうすれば信頼を築けるのでしょうか。
1. 安心できる雰囲気づくり
まずは、相手がリラックスして話せるような、安心感のある雰囲気を作ることが大切です。
笑顔で挨拶をする、相手の目を見て話す、適度な相槌を打つといった基本的なことから始めましょう。
2. 傾聴の姿勢を徹底する
相手の話を遮らず、最後まで丁寧に耳を傾ける「傾聴」の姿勢が不可欠です。
「あなたの話を真剣に聞いていますよ」というメッセージが伝わることで、相手は徐々に心を開いてくれます。
3. 自己開示も時には有効
キャリアアドバイザー自身が、自分の経験や考えを少しオープンに話すことで、相手も「この人になら話しても大丈夫そうだ」と感じやすくなることがあります。
ただし、自慢話になったり、相手の話を奪ったりしないよう注意が必要です。
4. 透明性のある情報提供
選考の進捗状況や、企業からのフィードバックなど、情報を包み隠さず、誠実に伝えることも信頼関係の構築に繋がります。
これらのステップを丁寧に踏むことで、相手は「この人なら本音を話しても受け止めてくれる」と感じ、心を開いてくれるようになるのです。
成功するキャリアマッチングの裏側
「聞き出す力」が真価を発揮したとき、そこには感動的なキャリアマッチングが生まれます。
ここでは、実際にミスマッチを防ぎ、素晴らしいご縁へと繋がった事例をいくつかご紹介しましょう。
ミスマッチを防いだ事例:求職者の本音を言語化したケース
ある40代後半のAさんは、長年勤めた会社を退職し、新たなキャリアを模索していました。
当初、Aさんは「これまでの経験を活かせる、安定した企業」を希望されていました。
しかし、何度か面談を重ねる中で、私がAさんの言葉の端々から感じ取ったのは、「本当は新しいことに挑戦したいけれど、年齢的に難しいのではないか」という、ご本人も気づいていない葛藤でした。
そこで、私はAさんの過去の成功体験や、仕事で本当にやりがいを感じた瞬間について、じっくりと時間をかけてお話を伺いました。
すると、Aさんの口から出てきたのは、困難な状況を創意工夫で乗り越え、チームをまとめてきたエピソードの数々でした。
「もしかしてAさん、本当はもっと裁量があって、新しい価値を生み出せるような環境に挑戦してみたいというお気持ちがあるのではありませんか?」
この一言が、Aさんの心の琴線に触れたのです。
堰を切ったように、Aさんは「実はそうなんです。でも、この歳でそんな挑戦ができるのか不安で…」と本音を語り始めました。
この「言語化された本音」を元に、私たちは改めてキャリアプランを練り直し、最終的にAさんは、スタートアップ企業の事業開発責任者という、当初の希望とは異なるものの、Aさんの情熱を最大限に活かせるポジションへと進まれました。
入社後、Aさんから「あの時、石井さんが私の本音を引き出してくれなかったら、きっと後悔していました」という言葉をいただいた時は、本当に胸が熱くなりました。
採用側の“隠れたニーズ”を発見した瞬間
企業側の「隠れたニーズ」を発見することも、キャリアアドバイザーの重要な役割です。
ある中堅メーカーB社は、営業部門のリーダー候補を募集していました。
求人票には「営業経験豊富で、即戦力となる人材」と記載されていました。
しかし、人事担当者の方と深くお話しする中で、どうも言葉の裏に何か別の期待があるように感じられました。
そこで、私はこんな質問を投げかけてみました。
「もし、今回の採用で本当に解決したい、営業部門の“一番の課題”は何でしょうか?」
すると、人事担当者の方は少し考え込んだ後、こうおっしゃいました。
「実は…今の営業チームはベテランが多く、新しいやり方を取り入れることに少し抵抗があるんです。だから、新しい風を吹き込んで、チーム全体を活性化してくれるような、そんなリーダーシップを期待しているのかもしれません。」
これは、求人票には書かれていなかった、B社の「隠れたニーズ」でした。
このニーズを明確にできたことで、私たちは単に営業スキルが高いだけでなく、変化を楽しめる柔軟性と、周囲を巻き込むコミュニケーション能力に長けた候補者の方をご紹介することができ、結果としてB社の営業部門は見事に活性化されました。
「聞き出す力」が繋いだ偶然と必然のマッチング
このように、「聞き出す力」は、求職者自身も気づいていない可能性や、企業が言葉にできていない本質的な課題を明らかにし、時に偶然のような、しかし必然とも言える素晴らしいマッチングを生み出すのです。
それはまるで、パズルのピースがカチッとはまる瞬間のような、感動的な体験です。
ヒューマンスキルの育て方:実践編
「聞き出す力」をはじめとするヒューマンスキルは、一朝一夕に身につくものではありません。
日々の意識と実践が大切です。
若手キャリアアドバイザーが陥りがちな落とし穴
特に経験の浅いキャリアアドバイザーの方は、いくつかの「落とし穴」にはまってしまうことがあります。
- 表面的な情報収集に終始してしまう:
求職者の希望年収や希望職種、企業の求めるスキルといった「目に見える情報」だけで判断し、その背景にある想いや価値観まで踏み込めない。 - 自分の「型」にはめようとする:
過去の成功体験や自分の得意なパターンに固執し、相手に合わせた柔軟な対応ができない。 - 「聞く」より「話す」が多くなる:
良かれと思ってアドバイスをしすぎてしまい、相手が本当に話したいことを引き出せない。 - 沈黙を恐れてしまう:
相手が考え込んでいると、つい間を埋めようと話し続けてしまい、深い思考を妨げてしまう。
これらの落とし穴を意識し、避ける努力をすることが成長への第一歩です。
“聞く力”を磨くためにすべき3つの習慣
では、具体的に「聞く力」を磨くためには、どのような習慣を身につければ良いのでしょうか。
私が特に重要だと考えるのは、以下の3つです。
1. 相手の世界に飛び込む「好奇心」を持つ
目の前の相手が、どんな経験をし、何を感じ、何を大切にしているのか。
純粋な好奇心を持って接することで、自然と質問が生まれ、相手も心を開きやすくなります。
「この人はどんな人なんだろう?」という興味が、深い理解への入り口です。
2. 「なぜ?」を5回繰り返す思考を持つ
相手の言葉に対して、「それはなぜだろう?」と心の中で問いかける習慣をつけましょう。
一つの事象に対して「なぜ?」を繰り返すことで、表面的な理由の奥にある、より本質的な原因や動機が見えてきます。
これはトヨタ生産方式で有名な「なぜなぜ分析」にも通じる考え方です。
3. 自分の「聞く姿勢」を客観的に振り返る
面談後などに、「今日のヒアリングで、相手は本当に話したいことを話せただろうか?」「もっと良い質問はできなかっただろうか?」と自問自答する時間を持つことが大切です。
可能であれば、同僚や上司にロールプレイングの相手をしてもらい、フィードバックをもらうのも非常に有効です。
これらの習慣を意識して続けることで、あなたの「聞く力」は確実に向上していくはずです。
日常会話とビジネスヒアリングの違いとは
「聞く」という行為は日常的に行っていますが、ビジネスにおけるヒアリングは、日常会話とは明確な違いがあります。
観点 | 日常会話 | ビジネスヒアリング |
---|---|---|
目的 | 共感、情報交換、娯楽など多岐にわたる | 特定の情報を得る、課題を解決するなど明確な目的がある |
構造 | 自由な流れで、話題が移り変わりやすい | 目的達成のために、ある程度構造化され、計画的に進められる |
意識 | 自然体で、感情表現も豊か | 客観性を保ち、相手の発言の意図や背景を分析的に捉える |
ゴール | 会話を楽しむこと自体がゴールになることも | 設定されたゴール(情報収集、合意形成など)の達成を目指す |
記録の必要性 | 通常は不要 | 正確な情報把握と共有のために記録が重要になる場合が多い |
このように、ビジネスヒアリングは、明確な目的意識と戦略性を持って臨む必要があるのです。
もちろん、日常会話で培われるコミュニケーション能力が土台となることは言うまでもありません。
ベテランが語る「人を知る」技術
長年、多くの求職者や企業担当者と向き合ってきた経験から、「人を知る」ということの奥深さを日々感じています。
それは単なるスキルではなく、一種の「技術」と呼べるものかもしれません。
観察・共感・内省——3つのスキルのバランス
「人を知る」ためには、大きく分けて3つのスキルが重要だと考えています。
- 観察 (Observation):
相手が話す言葉の内容だけでなく、声のトーン、表情、仕草、視線といった非言語的な情報にも注意を払います。
言葉と非言語的なサインが一致しているか、あるいは矛盾しているか。
そこから相手の心理状態や本心を探るヒントが得られることがあります。 - 共感 (Empathy):
相手の立場に立って、その感情や考えを理解しようと努めることです。
「もし自分がこの人だったら、どう感じるだろうか?」と想像力を働かせます。
ただし、相手の感情に飲み込まれてしまう「同情」とは異なります。
あくまで客観性を保ちつつ、相手の心に寄り添う姿勢が大切です。 - 内省 (Reflection):
相手との対話が終わった後、その内容や自分の対応を振り返ることです。
「あの時、なぜ相手はあのような表情をしたのだろうか?」
「自分のあの質問は適切だっただろうか?」
このように自問自答することで、新たな気づきや学びを得て、次の対話に活かすことができます。
これら「観察」「共感」「内省」の3つのスキルは、どれか一つだけが突出していても不十分です。
バランス良く磨き続けることで、「人を知る」技術は深まっていくのです。
心理的安全性と情報の深度
人が本音を語るためには、「何を言っても大丈夫だ」と感じられる「心理的安全性」が不可欠です。
この心理的安全性が高い環境であればあるほど、得られる情報の「深度」は増していきます。
キャリアアドバイザーが威圧的であったり、否定的な態度を取ったりすれば、相手は心を閉ざしてしまい、表面的な情報しか得られません。
逆に、受容的で、どんな意見も尊重する姿勢を示すことで、相手は安心して、より深い悩みや本音を打ち明けてくれるようになります。
心理的安全性を高めるために意識していること
- 否定しない、評価しない: 相手の意見や感情を、まずはそのまま受け止める。
- 秘密を守る: 面談で話された内容は、許可なく他言しないことを明確に伝える。
- 一貫性のある態度: いつ会っても同じように、誠実に対応する。
こうした積み重ねが、揺るぎない信頼関係と心理的安全性を育み、結果として質の高い情報交換を可能にするのです。
「語り口を写し取る」ことで見える世界
私がライターとして活動する上で大切にしている「語り口を写し取る」という技術は、実は人材紹介の現場で培われたものです。
相手が使う言葉の選び方、話の展開の仕方、声の抑揚。
そういった「語り口」には、その人の思考のクセや価値観、大切にしているものが色濃く反映されています。
例えば、
- 論理的で、結論から話す人
- 感情豊かで、エピソードを交えながら話す人
- 慎重で、言葉を選びながらゆっくりと話す人
相手の語り口を意識的に捉え、時にはそれを真似るように(もちろん不自然にならない範囲で)対話を進めることで、相手は「この人は自分のことを理解してくれている」と感じやすくなります。
これを「ペーシング」や「ミラーリング」と呼ぶこともあります。
相手の語り口に寄り添うことで、まるでその人の心の中に入り込んだかのように、その人が見ている世界を垣間見ることができる。
これは、人と深く関わる仕事の醍醐味の一つと言えるでしょう。
まとめ
ここまで、人材紹介の現場におけるミスマッチの構造から、「聞き出す力」の重要性、そしてその具体的な技術や育て方についてお話ししてきました。
「聞き出す力」は人材紹介の本質
「聞き出す力」は、単なるコミュニケーションスキルの一つではありません。
それは、求職者のまだ言葉にならない想いを丁寧に紡ぎ出し、企業のまだ明確でないニーズを的確に捉え、両者を幸福な出会いへと導く、人材紹介という仕事の本質そのものだと私は考えています。
この力なくして、真のマッチングはあり得ません。
ヒューマンスキルは経験と対話から磨かれる
「聞き出す力」をはじめとするヒューマンスキルは、座学だけで身につくものではありません。
数多くの求職者や企業担当者と真摯に向き合い、対話を重ね、成功も失敗も経験する中で、少しずつ磨かれていくものです。
近道はありません。
しかし、意識して取り組み続けることで、必ずあなたの力となるはずです。
読者へのメッセージ:あなたも“縁をつなぐ人”になれる
この記事を読んでくださったあなたが、もし人材紹介の仕事に携わっているのであれば、日々の業務の中で「聞き出す力」の重要性を改めて感じていただけたなら幸いです。
そして、もしあなたがこれからキャリアアドバイザーを目指す方や、あるいは部下や後輩の育成に悩むマネージャーの方であれば、この記事が何かしらのヒントになれば、これ以上の喜びはありません。
大切なのは、相手を深く知ろうとする誠実な心と、諦めずに学び続ける姿勢です。
もし、ご自身のキャリアについてより深く考えたい、あるいは転職活動においてプロフェッショナルなサポートを受けたいとお考えでしたら、例えば総合人材サービスを提供するシグマスタッフのような企業の評判なども参考にしながら、信頼できるキャリアアドバイザーに相談してみるのも一つの有効な手段となるでしょう。
あなたもきっと、素晴らしい“縁をつなぐ人”になれるはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
最終更新日 2025年5月20日 by igocars